
この夏から始まった、 San Francisco Village シリーズです。
これは rainbow flag。
ゲイ・コミュニティーの象徴である rainbow flagですが
私はこれを少し拡大解釈して、San Francisco の文化的多様性の象徴、と考えています。
San Francisco は独特なアウトラインを持つ半島です。
このアウトラインに2つの橋、金門橋とベイブリッジを添え
さて半島の中身は・・・
レインボーフラッグの他に、路面電車、バッファロー、コヨーテ、オランダ風車など
知る人ぞ知る?San Franciscoの風物を書きこんで
自由に想像力を遊ばせてみました。
こちらの絵を含めたSan Francisco Village series を紀伊國屋書店サンフランシスコ店にて展示中です。
SFジャパンタウンにお越しの際は、お立ち寄り下さい。
詳細はHPで。
www.chiyoart.com
- 2009/10/01(木) 23:49:55|
- わたしの絵
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紀伊國屋書店アメリカのために作ったしおりができました。
まずは、紀伊國屋書店サンフランシスコ店にて無料で差し上げています。
ベイエリア方面にご旅行される方は、ぜひお立ち寄りください。
日本語及び日本関係の書籍だけでなく、サンフランシスコ・ベイエリアに関する書籍、地元発のかわいい雑貨類など、日本へのお土産になるものも揃えてあります。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/indexohb.cgi?AREA=02



- 2009/03/19(木) 22:09:54|
- わたしの絵
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春の雲旅の荷物は軽くあれ春は鳥たちの季節。あちこちで観察会など盛んに行われているのですが、わたしが出逢うのを楽しみにしている鳥のひとつに、Great Blue Heron があります。
Golden Gate Park の池の畔の木立が、かれらの営巣場所です。
昨年、ボランティアによる観察会に参加して都会の公園の中に多彩な野鳥が棲んでいることを教えてもらってからというもの、春になると気分はそわそわ、このごろの私は空ばかり眺めています。
翼を持たないわたしは、空を見上げて鳥たちの暮らしを想います。
鳥たちの眼には地上の世界はどのようにうつっているのでしょうか。
何も持たない、けれど翼のある身体ひとつで生きているものたちに比べ、ごたごたと荷物の多い自分。
身も心ももうすこし身軽になって、どこかへ旅にでも出たい、春ですね。
Greate Blue Herons in Golden Gate Park Bay Nature というサイト。Great Blue Heron についてのビデオが見られます。
Great Blue Heronwikipediaによる記事(英文)




- 2009/03/09(月) 22:39:42|
- わたしの絵と俳句
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tulip town
watercolor on paper 5 1/2 x 15” 2007
マグリブに星随へて冬至光きのうは冬至。
西の空に沈んだ太陽は、また力を取り戻しはじめます。
夕暮れのショッピングモールの駐車場で
夕陽に向かって一心にお祈りをしているイスラム教徒の家族をみかけました。
空には、星がひとつ、ふたつ。
私は、イスラムと文化的になんら関わりをもたないはずなのに
なぜか、心にのこる、懐かしさを感じる光景でした。
夕焼けを前にすると、そんな気持ちになるものなのかもしれません。
いつか、西の果てのマグリブの国で、砂漠に落ちる日と星を眺めてみたいと願っています。
*マグリブ(Maghrib, مغرب)は、アラビア語で「日が没すること、没するところ」を原義とする語。「西方」の意味を持ち、地域名としても用いられる。また、ムスリム(イスラム教徒)の義務である一日五回の礼拝(サラート)のうちの一つである日没時の礼拝を指す言葉でもある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



- 2008/12/22(月) 14:19:15|
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town on a river
watercolor & colored pencil on paper
8 1/2 x 7 1/2"
日が短くなり、自然の影響をしっかり受ける傾向のある私は、毎日朝から眠気がさめません。
意識して早寝しても早起きは出来ず、一日中眠い。冬眠期に入ったから、としか思えません。
眠る前の貴重な読書時間、しっかりした本を持ってベッドに入っても眠りの王様が素早くお出ましになり、瞼の上に鎮座まします。
切れ切れの読書、文字が文字のまま、言葉として心に響かない。
もしかしたら、頭も、心も、疲れているのかもしれません。
でも、こんな日々がつづくと、わたしの中の大切な何かが、飢えてきます。
そんな時、ふと思い出して開くのはなじんでいる詩の本です。
十代の頃から、しばしのブランクをはさみつつ、今なお心に響くのは中原中也の詩集。
若い頃とは違う詩に惹かれるのもまた、自分の心の新しい発見でもありうれしいもの。
透明な、けれど暖かい光につつまれたいときは、リルケです。
自分の中にも「決して光のうすれない星々が在る」と想像するだけで
心の渇きが癒されます。
希望が足りない、と思うときはエリュアールの力をわけてもらいます。
繰り返し死にそうになる世界を、詩人の生きた言葉が救う、そんな力がある詩人です。
新しいものを創作するとき、自分の中から力を出していくわけですが、出したままでは泉は涸れてしまいます。
自分の中の、滅びることのない自分の世界―あるいは世界をどう見るか、という態度―
を豊かなものにするために、私にとって詩はかけがえのないものです。


- 2008/11/19(水) 21:40:24|
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